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東京百舌

二枚舌ならぬ百枚舌です。適当なこと言います。人が言わないことを言うのが努力目標です。言いっ放しです。あしからず。

日常と非日常の同居 パラレルな話

すべての始まりはこの文章からだった。

戦争映画で空中戦や逃げ惑う人の描写はよくありますが、ぼーっと見つめる、見惚れると言う表現は珍しいと感じました。現実離れした物を目の当たりにすると別の印象をもつものだと言う事が分かりました。想像だけではこうなるだろうと思っていても実際はもっと別の印象を持つんでしょうね。
核兵器の爆発映像を見てもあの中に自分がいたらと思うと恐怖し、外から爆発を見ると綺麗と印象を持つかも知れない。実際綺麗と思える輝きと棘々しいキノコ雲に変化する様はあまりに非日常で何とも言えない感想しかなかった。
この映画からも同じように戦時中の市民は日常と非日常が同居していたんだな、それが戦争というものかと言う感想でした。

同じような体験を週末那覇航空祭で感じました。本土から遊びに行ったのですが、朝からガンガンと離陸するF-15戦闘機。これは航空祭のために飛んでいるのでは無く中国機へのスクランブル発進でした。航空祭で飛ぶ機数と同程度一杯飛び立って行きました。普通の航空祭ではけっして装着しない実弾のミサイルを積んで飛んでいっている様は正に非日常。なのに地上では実情を知ってか知らずかのんびり飛行機見物、屋台で焼きそば、泡盛とお祭りムードの平和な日常の祭り風景。いつもは危険な任務をこなしている戦闘機パイロットも航空祭担当は実になごやかにお客に接している。こんなに沢山飛んで行くのか?聞いたら最近はこれが普通ですとにこやかに言われ唖然。心のなかでは同僚の心配をしているかも知れないがおくびにもださない。この世界の片隅に入り込んだ複雑な気持ちでした。そしてこれが一般人の思う戦争なのかと思いました。すでに沖縄は戦争モードに突入しつつある現実を見て本土に帰った今頃恐怖しています。
(2016/12/12)

 
これは、『この世界の片隅に』の監督へのインタビュー『本来は、アニメは1人で作れるものです』の読者感想。日常と非日常の同居。印象深い読者感想だった。

それから数日後の朝日新聞(12/17)
この写真は何だと思われるだろうか?

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掲載されていた写真はもっと大きく、広い景色の中にこのオブジェが置かれている。新聞記事が福島の震災に関するものだったので、私は一目見て、震災を意味する何かの芸術作品かと思ってしまった。
だが違った。写真の説明にはこう書かれている。「震災時、避難者の車であふれた学校の校庭に、放射線量計を貼り付けた子どもと成人の人型の模型が置かれていた。研究機関の調査のためだという =福島浪江町

これも、日常と非日常。

そして、この記事での震災当時の話がまた、日常と非日常の同居が描かれている。

浪江町長の馬場有さん(68) (中略)午後1時、役場機能を津島支所に移すことに決めた。そこなら原発から30キロ離れている。政府の指示は10キロだったが、町民には20キロ以遠への避難を指示することにした。
馬場さんが役場を出発したのは午後3時。総務課長が庁舎に鍵をかけた。114号に入り、渋滞の列に加わった。30分後、馬場さんはドーンという音の響きを聞く。「ジェット機が落ちた感じというか。これはなんだ、と思って。窓開けてきょろきょろと周りを見回して」原発か、と思ったときにチエルノブイリの原発事故が頭に浮かんだ。避難指示を20キロ以遠にしてよかった、とも思った。第一原発1号機の爆発音だったとあとで知った。

神長倉豊隆さん(65) (中略) 防災無線を聞いたあと、いったん自宅に戻って、昼ごろ114号に入った。びっしりと並ぶ車列に加わり、ひたすら津島を目指した。「止まっては進んで。人が歩くスピードよりも遅かったかもしれません」
逆方向へ警察や消防、自衛隊の車両が走り去る。
「乗っている人は全面マスクに防護服です。サイレン鳴らしながら。まるで戦争映画でも見ている感じでした」

映画を連想した人はほかにもいる。津島地区の外れにある関場和代さん(58)の自宅は親戚ら25人の避難者であふれていた。家の前の114号は避難者の車が数珠つなぎ、反対車線を緊急車両が疾走していた。日常とかけ離れた光景に、関場さんは思う。これは悪い夢だ、自分は映画の中に入ってしまったのだ。「SF映画の中にスポッと入ってしまった感じです。そう、見るんじゃなくて、入つてしまったような。不思議な、変な雰囲気でした」

 

さらには作家、中島京子さんの「わたしの紙面批評」

秋から冬にかけて、もっとも注目して読んでいたのは、南スーダン特派員からの報告だった。現地の状況を伝える生々しい声が、国会での政府答弁の空虚さと無責任さを浮き上がらせた。
 10月10日の「時時刻刻」。8日現地を視察し、「(治安が)落ち着いていることを見ることができた」と語る稲田防衛相の言葉と笑顔の写真を載せる一方で、現地からの報告は「稲田防衛相が視察する直前の4~6日、ジュバに朝日新聞記者が入った。主要道を四輪駆動車で走ると、数分ごとに、兵士を満載した南スーダン政府軍の軍用卜ラックとすれ違った。兵士はいつでも発砲できるよう、自動小統の銃口を外側に向けて構えていた」と始まる。そして、稲田防霜が「衝突」と呼び変えた7月の首都ジュバでの政府軍と反政府軍の戦闘を、市民の言葉で伝えた。
 また、10月21日タ刊では一方の紛争当事者、反政府勢力のトップであるマシャル前副大統領の、「和平合意と統一政権は崩壊したと考えている」という言葉が記事になった。
 25日の「時時刻刻」には、「副大統領を解任されたマシャル氏は朝日新聞の取材に『ジュバを解放できるだけの十分な部隊を有している』と述べ、政府軍と戦闘を続ける姿勢を崩していない」と現地報告が載る。一方、国内では、駆けつけ警護の訓練を開始しつつ「相手の勢力が圧倒的に上回っている状況では、仮に国連に求められても駆けつけ警護はできない」と語る陸自幹部の苦渋の声を拾い、「情勢は比較的安定している」と語る菅官房長官の談話と、安倍首相の陸自訓練場での、「平和の守り神として、精強なる自衛隊を築き上げてほしい」というスピリチュアルな訓示が引かれた。

パラレルワールドのようにかみ合わない「南スーダン像」。これが、日本がいま直面している問題の本質だと感じさせられた。

 11月1日朝刊では「政府軍の兵士が、無関係な市民や援助関係者に残虐行為を行った疑いが浮上」と報じた。
3日朝刊では7月のジュバでの大規模戦闘の際に、国連施設が略奪の被害を受けたことに触れた。
4日は南スーダンの情報相自らが、政府軍と国連南スーダン派遣団(UNMISS)の平和維持活動(PKO)部隊との間でも一時、交戦があったと語ったと報じた。
 私の頭の中は、混乱状態である。南スーダン、危険すぎる。PKO 5原則の条件がとっくに崩れ去っているのは嫌というほど伝わった。自衛隊がやむなく戦闘に巻き込まれたとき、いったい誰が「敵」になるのだろう。「駆けつけ警護」以前に、早<自衛隊南スーダンから撤退させてもらいたい。
 それなのに、11月15日に政府はとうとう「駆けつけ警護」を付与。翌日の「時時刻刻」の現地報告は次のように伝えた。「ジュバで7月に大規模な戦闘が起きた際、自衛隊の宿営地の隣にあるビルでも、立てこもった反政府勢力と政府軍との激しい銃撃戦が2日間にわたって起きていた」
 自衛隊の新任務には、「共同防護」(宿営地が襲われた場合に他国のPKO要員と共に防衛する規定)が入った。一触即発の切迫した状況の中で、いや応な<発射される一発の銃弾が、何かを決定的に変えてしまうのではないかという危惧が胸を去らない。
 26日にはほかならぬPKO軍司令官代理の言葉として「和平合意が維持されているとは言えない」と報じた。
 国会では稲田防衛相の現地視察報告書が「黒塗り」で提出されている。新聞読者が現地の情報を知るには特派員の記事は重要だ。ころした記事の力が世論を動かし、一刻も早<、11月16日の社説が書いた「自衛隊の『出口戦略』」と「日本らしい貢献策」の検討を推し進めることを強く望むのだが。
 「駆けつけ警護」運用開始を報じる今月13日朝刊では、民族浄化と食糧危機が進行する凄惨な様子を伝えている。

 
これも、日常と非日常?なんと言ったらいいのだろう相反する説明が同じ新聞の中で展開されている。


今、一番のブラックな職場は自衛隊じゃないかと思えてくる。戦地じゃ無いと言い含めて戦地に人を送っている。「仕事は簡単な警護です」と言って、交戦地帯につれて行く。
ブラック企業の経営者にあたる人は、「平和の守り神として・・・」と働き手のやりがいを強調する。

実は、管理職も分かっている。だから「相手の勢力が圧倒的に上回っている状況では、仮に国連に求められても駆けつけ警護はできない」という幹部の言葉が載る。
そうか「相手の勢力が圧倒的に上回っている状況で」警護しろと言われているのか。

なぜかブラックな職場環境に対する不満は上がってこない。たぶん職場の規定でおおやけに文句が言えないのではないか?
これを読んでいるあなたなら、「平和の守り神として」やりがいのある、世界に貢献する警護の仕事をしたいと思うだろうか?「誇りのある警備の仕事です!」と誘われたら受けるだろうか?自分の子どもが選択する仕事として受け入れるだろうか?

こんなことに敏感になったのも、あの読者感想を読んでしまったからだ。