技術の寄返逆説
技術って進むときに、どこかが反対に退いていることがあり。
つまり
技術って進むときに、当初は、何かを捨てて進むので、反対に退いているようになって。
つまり
CDができたときに、人が聴けない高低音を切り捨てた話なんか。
つまり
デジタル製版の初期に、版下の遊びができなくなった話なんか。
つまり
メールに写真を添付して楽しんでいたら、写真付き携帯が登場して、それで便利だなと使ったら、写真のサイズが小さくで楽しくなくなった話なんか。
つまり
最新のマネキンで、
映像をマネキンの顔に、マネキン内部に設置したプロジェクターを使って投影して、顔を表現して、
すでに不気味の谷は乗り越えたはずなのに、ちょっと違和感のあるマネキンになっている話なんか。
つまり
新しいガジェットがオモチャと評される話なんか。
さらに技術が進んでいくと、これらは解決されていく。捨ててきたものを再び拾って技術が前に進むこともできるようになる。
寄せては返す波のように
進行と後退を混ぜながら技術は進んでいく。
三歩進んでいるようでいて二歩下がっていることを繰り返しながら
技術は進んで行く。
つまり
寄返逆説(寄せては返すパラドックス、ナギサパラドックス)もしくは寄返矛盾と言えるものを孕みながら技術は進んで行く。